中国系アメリカ人 Amy Chua の本 "Battle Hymn of the Tiger Mother"(タイガー・マザーの軍歌) が物議をかもしている。
発端は、ウォールストリート・ジャーナルが本の抜粋を掲載したことにある。その記事に寄せられたコメントは6800件を超えた。
私はNYタイムズのファッション・ページで知ったのだが、その後NPRラジオでも聞き、NYタイムズのディベートやオピニオンのページにも関連記事が続いた。
チュア氏はテレビ番組に出演したり、インタビューにも応じたりして、反論とも自己弁護とも取れる発言をしている。彼女のフェイスブックにはアクセスが殺到し、脅迫まがいのメッセージもあると本人が言っていた。
なぜそんな反応が起きたのか。
(私は本を読んでいない。以下は、WSJやNYタイムズその他ネットで得た情報による。)
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チュア氏は48歳。ほっそりした� ��れいな女性である。アメリカに移住したフィリピンの華僑の娘で、ハーバードとハーバード・ロースクールを卒業し、現在はイエール大学のロースクール教授職にある。
ご主人はユダヤ系アメリカ人で、やはり同大学の教授。15歳と17歳の娘が2人いる。
彼女は娘たちを中国式スパルタ教育で育てた。アメリカで育つ子どもなら当然経験するようなことを一切禁止した。やってはならないことは、
- お泊り
- プレイデート
- 学校の劇に出演する
- 劇に出られないことについて文句を言う
- テレビを見たり、コンピュータゲームをしたりする
- 課外活動を自分で選ぶ
- Aより低い成績を取る
- 体育と演劇以外のすべての科目で学年トップにならない
- ピアノとバイオリン以外の楽器� ��演奏する
- ピアノとバイオリンの練習をしない
WSJに出ていたのはこれだけだが、他にも山ほど禁止事項があるだろうと想像する。
これだけでもアメリカ人には拒否反応が起きるところ、もっと極端なエピソードが語られる。
・ある難しいピアノ曲がどうしても弾けない娘に対して、弾けるようになるまでトイレに行かせなかった。
・反抗的な態度を取った娘を「ゴミくず」呼ばわりした。
・4歳と7歳だった娘たちが手製の誕生日カードを持ってきたが、「もっと努力していいものを作れ」とつき返した。
この記事を読んだアメリカ人は、「彼女のやっていることは教育ではなくて、児童虐待じゃないか。CPS(児童保護サービス)に立ち入らせろ。」と糾弾し、「子どもを無条件に愛するのが母親だ。これだから、中華系移民の女子生徒の自殺率が高いんだ。」と非難ごうごうとなった。
どのようにタロットカードを読む
チュア氏は「私は娘たちを愛しているし、彼女たちはハッピーです。」と主張し、最近初めて下の娘のお泊り会を開いたものの、「あれだけ締め付けられたのだから、母親に迎合しているだけ。ストックホルム・シンドロームだ。」と、さんざん叩かれた。
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今日のアマゾンの売り上げランキング(本)では6位。130件のコメントがあり、5つ星が59件、1つ星が43件と両極端に分かれている。
売り上げはわからないが、マーケティングの勝利である。
著者への前金が6桁(10万ドル以上)だったというから、出版社としてもこれは売れるという見込みがあったのだろう。問題はどうやって売るかだ。
WSJ� ��は、この本を書評ではなく「生活と文化」のページでエッセイの形で取り上げている。
子育てがテーマなので、そこでもいいのだが、いかにも「小難しい経済指標や業界話よりもライフスタイルやファッションの話が読みたい女性読者」をターゲットにしましたという匂いがする。NYタイムズの軽〜いスタイル・ページで読んだ私も、まさにそういう女性読者の1人なのだ。
そして、WSJは勝手に(チュア氏談)"Why Chinese Mothers Are Superior"(なぜ中国の母親は優れているのか)という刺激的なタイトルを付け、極端な箇所ばかりを抜き出す編集で読者を焚きつけた。
この本には長い副題がついている。
This is a story about a mother, two daughters, and two dogs.
This was supposed to be a story of how Chinese parents are better at raising kids than Western ones.
But, instead, it's about a bitter clash of cultures, a fleeting taste of glory, and how I was humbled by a thirteen-year old.
彼女の子育ては順調だったのではなく、ぶつかり合いや失敗があり、謙虚になったのだ。しかし、それではセンセーショナルな話題にならない。
チュア氏本人は、これは子育て指南本ではなくて回想録だとインタビューで繰り返していたが、WSJが植えつけたイメージを覆すことはできなかった。
中国が経済力をつけて発展し、政治的にも影響力を強めている(らしい)昨今では、中国に対する漠然とした不安がアメリカ人の中にあると思う。厳しく育てられた中華系の子どもに自分の子どもが勝てるのかという心配にもつながる。
チュ ア氏がインド人や韓国人だったら、また少し反応が違ったかもしれない。
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そのうち鎮火するだろうが、論争の中身よりも私は別のことに興味を持った。
1つには、チュア氏はアメリカ生まれなのに、英語に中国語なまりがあること。
両親が移民1世だったことを考慮しても、ここまで強いアクセントが残ったことに驚いた。彼女自身、小さいときに細い目をからかわれて、なまりを直そうと決意したとどこかで書いていた。
"作られた自閉症の女の子は何ですか"
もちろんハーバードを出て、大学教授をしているのだから、英語能力にはまったく問題ないと思われる。
うちの長男の友だちのお父さんがやはり中国系アメリカ人で、両親はチャイナタウンに住んでいる。英語はほとんどできない。彼はアメリカで生まれ育ったのに、私が気づくくらいのかすかなアクセントがある。
中国人に囲まれて育ち、両親とは中国語でしか意志の疎通ができなかったからだと思われる(似たような環境で育っても、アメリカ英語を完全にものにする人もいる)。
もう1つは、チュア氏がアイビー・リーグのロースクール教授でありながら、本人も「議論を巻き起こすだろうとわかっていた」本を書いたことである。
しかも、娘たちは実名で写真も出ている。この出版によって、まだハイスクールに通う彼女たちがどんな影響を受けるかは考えなかったのだろうか。イエール大学の職員ページにはチュア氏の電話番号が載っている。嫌がらせ電話をかける馬鹿がいるやもしれず、他人事ながら心配になった。
「娘さんたちはどこの学校に行ってるの?将来どこの大学に入って、どれくらいすばらしい人間になったかぜひ知りたいわ。」といった意地悪なコメントもたくさんあった。
彼女たちは成績はもちろんストレートAで、ピアノはカーネギー・ホールで演奏するほどの腕前だし、両親ともアイビーリーグなのだから、きっと彼女たちも有名校へ進学できそうではある。
私はうらやましい。
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どこ� ��読んだか忘れてしまったが、チュア氏はマンダリン(標準中国語)を話すベビーシッターを常に雇い、子どもたちに正統な中国語を習わせたそうだ。本人の両親は福建省出身だったので、地方の中国語ではダメだというわけだ。
チュア氏と娘たちの中国語がどの程度なのかは、わからなかった。
それにしても、私に彼女くらいの信念と熱意があったらなあと思う。さすが孟母三遷の国だ。
うなづけないところももちろんあるが、ピアノは3年で止めてしまって、ストレートAでもなく(それどころか、宿題を忘れたりする)、「ぼく、普通でいい」などと野心のないうちの息子たちを思うにつけ、私はもっと頑張るべきだったのではないかと後悔の念にかられる。
本当に一生懸命やって何かを達成することで成長し、そ� �が自信につながる。その点はチュア氏に同意する。
私は息子たちを遠くの補習校に通わせたが、だんだん落ちこぼれて、退学して数年経った今や読み書きは絶望的。日本語の会話ができるだけでもすごいと褒めてくれる人がいるが、私はあれだけの時間と労力を費やしてこんなことでは、子どもを泣かせてまで日本語の宿題をさせたことに何の意味があったのだろうと自問するばかりである。
なる結婚の条件
私はかなり早い段階で子育てに燃え尽きた。日本語教育もそうだし、現地校の勉強もそうだ。
夫や義父の学歴に遜色のないように、アイビーリーグに行かせて、ローズ奨学金でオックスフォードに留学させたいなどというのは、はかない夢となった。
タイプAパーソナリティのチュア氏と違って、もともとめんどくさがりの怠け者なので、もはや気力も体力も使い果たしてしまった。
ほっておいてもできる子はいるが、周囲を見渡すと、そういう子は親がしっかり管理しているケースが多い。または、親自身が刻苦精励する姿を見せている。私はどちらにも当てはまらない。
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それにしても、チュア氏への攻撃は激しくなるば かりで、まるで集団ヒステリーである。
ハーバードで彼女とルームシェアをしたという女性によると、チュア氏は大学での社交的な催しに一度も参加せず、拒食症と過食症をわずらっていたという。
また、チュア氏が釈明に努めたインタビューで、移民だった両親が経済的に苦労して明け方まで働いたと話したのだが、フィリピンの華僑事情に詳しい人によると、彼女の両親は裕福で、しかも父親はUCバークレーで電気工学とコンピュータ・サイエンスの大学教授という最初からアカデミックな世界の人間であったと反論した。
どちらも匿名の投稿なので、真偽は定かではない。ともかくチュア氏が反論すればするほど、さらに反感を買うような雰囲気になってきた。
本には、チュア氏の方針に異議を唱えたというご主� ��も登場するのだが、今や「児童虐待をほっておいたユダヤ人」と彼まで非難の対象である。
チュア氏のようなやり方では想像力が養えないとか、人生に必要なソーシャル・スキルは身につかないとか、アメリカ人のいうことにも一理ある。でも、参加し ただけでメダルやトロフィーを配ったり、ちょっとしたことを大げさに褒めたたえたりするアメリカに、私はイラッとする。セルフ・エス ティーム(自尊心)は聞き飽きた。
アメリカの教育にも問題が山積で、チュア氏の本で痛いところを付かれたふしもある。
OECD65カ国の学力比較(2009年)によると、アメリカは算数28位、理科23位、読解17位とパッとしない。
中国(上海)が3項目でトップなのも、アメリカ人の神経を逆撫でする。もっとも、上海のような都会だけで、おそらく優秀な子だけを対象にしたのだろうと私は見ている。
第一、アメリカは平均点で図れる国ではないのである。優秀な人は天才レベルで、ノーベル賞受賞者数もダントツ。しかし、まともに読み書きや足し算ができない人間も少なくない。それに、全員が英語を母国語の学年レベルで使えるのではない。
いや、こんな言い訳をしていてはいけない。
私はまだアメリカに期待しているのだ。これでいいのか?!と憤慨しつつも、アメリカの底力を感じさせるできごとがたまに起こると、まだまだ捨てたもんじゃないなと見直す。
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チュア氏は同書で、「中国の母親は、子どもを過剰なスケジュールに追い込むアメリカのサッカー・ママに似ていると思う人がいるかもしれないが、ぜんぜん違う。」と前置きしたうえで、「中国の母親が信じる7つのこと」を挙げている。
- 学校の勉強が第一である。
- Aマイナスは悪い成績である。
- 子どもはクラスメートよりも算数で2年先にいなければならない。
- 公共の場で子どもを褒めることは絶対にしてはいけない。
- 子どもが教師や� �ーチに同意しない場合、親は常に教師やコーチの味方につかなければならない。
- 子どもにやらせてあげるアクティビティは、最終的にメダルが取れるものだけである。
- そのメダルはゴールドでなければならない。
日本の教育ママにも通じるところがあるのではないだろうか。息子たちに読み聞かせたら、笑っていた。
長男は「おかあさんだって怖いよ。ぼくの友だちもみんな、おかあさんが怖いって。」と言う。
タイガー・マザーに比べたら、私なんか子猫みたいなもんよ。
【関連記事】
・「ほめられサロン」に行く 2009.04.24
・現地校のコンサート 2009.04.02
<今日の英語>
She is backpedaling in the face of the criticism.
批判を浴びて、彼女は自分の言ったことを撤回しようとしている。
チュア氏に寄せられたコメントより。文字通りには、ペダルを後ろ向きに漕ぐ。
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